書評

マス・メディアの広告枠を取り、自社の製品を流せばよいという旧来型の広告戦略が有効でなくなったといわれて久しい。また、Webやソーシャルメディアが全盛の時代となり、ソーシャルメディア上でつながるコミュニティが細分化されてきた。そんな時代において、本書は、現代におけるマーケティング・コミュニケーションの本質を、リーチの数に応じて、どのような要素が必要かを武道でよく使われる「心・技・体」になぞらえながら述べている。だが、実は本書で一番印象に残ったのは広告とは一見関係のない「あきらめる」という言葉の語源である。仏教用語を用いて説明している文章には奥深いものを感じる。以下にその文章を記載する。


 ところで皆さんは、「あきらめる」という言葉の意味についてご存じだろうか?

そう聞かれたら、たいがいは「何かを途中で投げ出すこと」「悪い状況を受け入れること」なんて応えるだろう。どちらかといえば否定的で後ろ向きな感じではなかろうか。

 しかし、それは違うのだ。

 「あきらめる」の語源を紐解くと、もともと仏教用語で「あきらめる=明らめる」と書き、「物理の道理、心理を明らかにし、こだわりを捨てること」という意味なのだという。そう、とっても前向きで積極的な意味なのだ!そしてこれほどまでに見事に現在の広告やメディアのあり方を言い表している言葉もないんじゃないだろうか。

 何かをあきらめるということは、ほぼ同時に、その先に待っている新しい世界に飛び込んでいるということだ。本書がみなさんの「気持ちよいあきらめ」の一筋になったことを願って締めとしたい。

(本田哲也/田端信太郎著『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。 』より P244~P245)

上記の文章を読んで、どのように思ったであろうか?「人の本音(生活者のインサイト)を探求する」ことなど、「あきらめないほうがいいこと」もある。その一方で、読み手の感情などコントロールできないものは、そこに労力を使うよりは、あきらめた方がよい。「あきらめる」ことで、「新しい世界へ飛び込む」ということにつながるのだ。

本書は「自分が何かを伝えたい」と思ったときにどうすればよいか、その戦略を考える上で役に立つ本である。しかし、「あきらめる」という意味をかみしめることにより、「新しい世界へ飛び込む」キッカケを与えてくれる本でもある。大事なのは「心の沸点」を見つけること、そして「心・技・体」を心得ながら、それを発信すること。そうすれば、自ずと「新しい世界」へ飛び込んでいるはずだ!


NextStage
photo credit: Stuck in Customs via photopin cc


目次

 PART1 「たくさんの人に見てもらえるほどよい」は本当か?
 PART2 なぜ、人は「動く」のか?-1000人から10億人まで、スケールごとに考える
 PART3 「人を動かす」ことをあきらめない


関連書籍

>


ブログランキングに参加しております。よろしかったらクリックをお願いいたします。
人気ブログランキングへ にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

ITが苦手な事業主やブログ運営者のためのメルマガ! 登録はこちらをクリック!