書評


本書『僕が弁護士になった理由』の著者である大胡田誠さんは全盲で司法試験に合格した日本で3人目の弁護士。先天性緑内障のために12歳で失明。14歳のときに一冊の本との出会いにより、弁護士を志す。司法試験の勉強に苦労をしながらも、5回目でようやく司法試験に合格し、弁護士になった。現在は、渋谷シビック法律事務所に所属。多くの人に支えられながら、町弁として、弁護士活動を行っている。

本書には、大胡田誠さんの生い立ち、弁護士試験を突破するまでの過程、仕事術、家族の支え、そして家族愛が描かれている。

本書を読んで強く感じたことがある。それは、「家族の愛に支えられて生きてこられた方」ということだ。それを感じさせるのは”特別扱いしない”という教育方針にある。

実は、著者の弟も著者と同じ障害を持っている。そして、両親は2人の子供を特別扱いせずに育ててきた。愛情深い両親の子供たちへ接する姿は、変に過保護にすることもなく、そして時には子供たちを突き離して育てていた。それは、ごく世間で行っているような子育てのような気がする。だが、両親の”特別扱いしないという「特別の配慮」”という子育てをしてくれたからこそ、著者は「障害を理由に自分で自分の可能性を閉ざさずに生きてこれた」と述べている。著者が後に「弁護士を目指そう」と思い、頑張ってこれたのも、そのような愛情深い両親の影響があったのだと思う。

 障がいがあるとなおさらそうかも知れないが、人は無意識のうちに、「自分にできるのはここまで」と限界を線引きしている。でも大概は本当の限界はその先にある。山ではそれを教わった。 両親は息子たちに、障がい者として特別扱いしないという「特別の配慮」をしてくれた。それが、僕と裕が障がいを受け入れ、乗り越えていくための素地になった。もしそうでなかったら、障がいと理由に自分で自分の可能性を閉ざしてしまっていたかもしれない。

自らの可能性を閉ざさずに頑張ってきた著者の気持ちが端的に表れた文章が帯に書かれている。それは”「だから無理」より「じゃあどうする」のほうが面白い!”という一文だ。
 
 でも、幼いころからどこか楽天的で、好奇心と負けん気だけは人一倍強かったから、大概のことは「やってみたらなんとかなるんじゃないか」という根拠のない自信というか、そういう呑気なところがあった。今振り返ると、最難関の国家試験である司法試験を目指すなんて、我ながら無鉄砲な挑戦だったと思う。でも、「見えないからやめておこう」ではなくて、「見えないからどうやったらできるだろう」、そんな風に考える癖がいつの間にか身についていた。

楽天的な気持ちながらも自ら行動をして道を切り拓いてきた著者の姿勢に学ぶところが多い。「何かを成し遂げたい」と思う方にとって、力を与えてくれる本だ。

最後に、本書の中で僕が印象に残った言葉がある。それは、「心はどこに存在するのか」という問いに対して答えた文章だ。この文章を最後に記載したいと思う。
 以前、ある精神科医が「心はどこに存在するのか」という問いに対して、「人と人との間にある」と答えるのを聞いたことがある。人が「心」と感じる物は体のどこかにあるのではなくて、誰かのことを思ったときに、その人との間に生じる感覚だというのだ。

※本書は日経BPマーケティング・東城さんより献本いただきました。

love
photo credit: marie-ll via photopin cc


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目次

 序章  ある受刑者からの手紙
 第1章 全盲弁護士の仕事術
 第2章 光を失って
 第3章 司法試験
 第4章 家族
 終章  見えない壁を打ち破る


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さて、次に取り上げる本は何か?はたまた別の話題か?次回まで、お楽しみ?! 

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